疑似体験:カンヌライオンズ Experience: Cannes Lions

編集
金巻未来・関ソフィア
聞き手・ライティング
関ソフィア
話し手
児玉太郎
翻訳
山藤勇人

※この記事は英語で書かれた記事を日本語に翻訳しています。

今年6月、児玉太郎はフランスのカンヌで5日間に亘り開催されたクリエイティビティの祭典「Cannes Lions(以下、カンヌライオンズ)」に参加しました。カンヌといえば「カンヌ国際映画祭」で有名なため混同してしまうかもしれませんが、「カンヌライオンズ」と「カンヌ国際映画祭」は全く別の祭典です。本記事では、児玉ならではの視点でカンヌライオンズという祭典について考察していきます。ノミネート作品や受賞作品についての感想やまとめは既に数多くインターネット上で公開されていますが、本記事が注目するのはそこではありません。カンヌライオンズを通して見えてきたマーケティング市場を取り巻く変化、そしてクリエイティブ業界における「本物である」クリエイティビティの価値についてお話していきます。この記事が、オーディエンスに対してどういうメッセージを伝えたいのかを今一度考え、本物の視点を持った人材を職場に登用する有益さを想像していただくきっかけになれば幸いです。

カンヌライオンズに参加するのは初めてですか?

はい、今年が初めての参加でした。南フランスを訪れるのも初めてです。カンヌは海岸沿いの美しい町だったので、ヨーロッパの人々に人気の観光スポットなのも納得です。滞在中は雲一つなく、毎日抜けるような青空が楽しめました。
渡航して最初の数日はモナコを訪問したり、レンタカーでニースや、イタリアまでドライブしたりしました。

ニースの町並み(撮影:児玉太郎)

道中ではいくつかの村に立ち寄り、観光をしました。車では入れないくらい小さな村もあり、その時は村の外に車を停めなければなりませんでしたが、何百年もの間、連綿と続いてきた歴史が垣間見えたり、美しい教会とレストランがいくつもあったりしたので楽しいひと時を過ごせました。現地の人々もゆったりと流れる時間の中でリラックスして過ごしていましたね。

そのおおらかさはカンヌライオンズの雰囲気に通じるところがありましたか?

はい。何というか、驚きましたね。写真を見る限りだと、5月のカンヌ国際映画祭は格式ばった雰囲気で行われていたので、カンヌライオンズにもドレスコードがあると想定して、日本を発つ前にフォーマルな服を用意しておきました。しかし、いざ現地に着いてみると、なんと皆さんTシャツ、半ズボン、サンダルというとてもカジュアルな格好をしていました。授賞式でステージに上がる方々はキッチリとした服装をしていましたが、観衆はほとんど、カジュアルな夏の装いで参加していました。これには結構驚きましたね。

ブランドヴィレッジ(撮影:児玉太郎)

応募作品は巨大なスクリーンがあるシアターで上映されていました。大勢の観衆が集まる会場でしたが、非常に横幅が広くとられていて、席も前後で高低差が設けられていたため、どこに座ってもしっかり作品を鑑賞できるようになっていました。カンヌ国際映画祭の作品もこのシアターで上映されているそうです。

カンヌ国際映画祭とカンヌライオンズは全く別の祭典なのですか?

そうです、カンヌ国際映画祭と今回参加したカンヌライオンズは同じ町、同じ会場で行われる全く別の祭典です。カンヌの町はこれら二つの大イベントそれぞれに合わせてしっかり準備をしていましたし、市内の店やレストランも世界中からの来訪者を迎える用意はできていました。コロナ禍の影響からか、通りに面したレストランなどの屋外席は客で溢れていましたね。

カンヌライオンズに応募するのはどういった人たちですか?

今回参加するまで、カンヌライオンズについてはほとんど何も知りませんでした。もちろん行く前に下調べはしましたが、行って初めて分かったこともたくさんありました。カンヌライオンズには、クリエイティブ業界の現状分析のために、多数のエージェンシーやブランド戦略チーム、グローバル企業が毎年参加しています。カンヌライオンズ参加者同士での会話では「カンヌは何回目?」という質問がよく交わされていました。参加者は皆コネクションづくりに積極的で、会場では様々な分野のプロとの出会いが生まれます。参加者自身がイベントを主催していることもあるので、アフターパーティーやディナー等でコネクションを広げることも可能です。

話し手(左):児玉太郎 聞き手(右):関ソフィア

受賞は審査員団の評価によって決まるそうですが、審査員の方とお話しすることはできましたか?どのようなお話でしたか?

一緒に参加したビジネスパートナーが組んでくれたミーティングの中で、クリエイティブ業界の第一線で働く方々とお話しする機会が得られました。そのうちの一人がカンヌライオンズでの審査員を務める方で、彼女からカンヌライオンズの目的や彼女自身の意見を聞くことができました。近年SDGsをはじめとする新しい部門が設立されたことや、一つの部門に何人もの審査員が付くこと、長年にわたって審査員を努めてきた人たちもいることを教わりました。

また、作品の審査プロセスについてもお話を聞くことができました。彼女が担当する部門では各応募作品の概要が1~2分程度のあらすじ動画にまとめられるのですが、その応募数は数千本にものぼるとのことでした。信じられないことに、彼女をはじめとした審査員たちはその膨大な量の動画をすべて見て受賞者を決めているというのです。

最初に、数千本もの応募作品の中から百本ほどに絞ります。この残った百本の作品群は「ショートリスト」と呼ばれ、ここにノミネート作品として残ることは非常に名誉あることだそうです。ショートリストに残っても必ず何らかの賞を得るわけではないのですが、この時点で賞賛に値する偉業です。その後、このショートリストから審査員団によって金賞・銀賞・銅賞、部門によってはその上の賞「グランプリ」が決められます。

審査員が教えてくれた話題のキャンペーンなどはありましたか?

(引用元:Girls Who Code collaboration with Doja Cat)

彼女が教えてくれたプロジェクトに「Girls Who Code collaboration with Doja Cat」というものがありました。Doja CatさんがGirls Who Codeとコラボし、彼女の作品「Woman」のミュージックビデオを、簡易化されたプログラミングコードで好きに編集できるウェブサイトを作ったのです。Girls Who Codeは男女の雇用・収入格差の是正を掲げており、その手段のひとつとして女性のプログラミングへの習熟を提唱したのです。Girls Who CodeはDoja Catを好むZ世代の女性がこのプロジェクトを通じてプログラミングに興味を持つことができれば、それまで想像していなかったキャリアに目を向けられるようになるのではないかと考えたのです。

カンヌライオンズの審査において重要なポイントは何ですか?

一昔前は、とにかく衝撃的、もしくは圧倒的な作品であることが重要だったそうです。企業は、多額の資金を使って優秀な映像監督やクリエイターを雇い、観客が今まで見たことないものを見せ、「え、この映像ってどうやって作ったんだ!?」と言わせることを目的にしていた作品も多かったそうです。莫大な予算によって生み出される圧倒的な映像美も見ものではあったのですが、これらの応募のほとんどはその企業の事業と結びついていませんでした。こういった作品はすでにカンヌライオンズで賞を勝ち取れるものではなくなっているそうです。

いま審査員が求めているものは、企業のパーパスや精神が現れている作品です。クリエイティブな作品であるのは当然のこととして、それに加えて作品の内容が事業と結びついていることが必須条件になりました。

カンヌライオンズはネットワーキングイベントとしても知られていると伺いましたが、誰か面白い人とは出会えましたか?

はい。イベント期間中、今回カンヌに一緒に訪問したビジネスパートナーと共に、とある有名なグローバルエージェンシーのDirector of Culture and Operations(企業文化・運営担当の責任者)とミーティングを設定していただくことができました。彼女は、組織内にダイバーシティ、つまり多様性のある企業文化を作り上げるために雇われました。今日では、多くの企業が多様性について根本的な誤解をしているといいます。クライアントからの悪評を避けるために多様な人材を採用することが、”多様性の尊重”と捉えられてしまっています。

しかし彼女のエージェンシーは違うそうです。様々な経歴を持つ人材を雇用し、その多様性をビジネスチャンスとして捉えていたのです。この背景には昨今のクライアントが「本物であること」を重視するようになったことがあります。クライアントはそのエージェンシーが多種多様なプロジェクトに柔軟に対応できるだけのバラエティに富んだ人材を有しているかどうかを判断材料とすることが増えてきたのです。この多様性は、エージェンシーの保有する多種多様な人材、もしくは幅広いネットワークによってもたらされます。プロジェクトに参加する全ての人間がプロジェクトの真意をくみ取れていることが理想です。

各アワードの審査状況(撮影:児玉太郎)

例えば、インド特有の社会問題を解決するためのプロジェクトを遂行したいクライアントがいるとしましょう。そのクライアントは、恐らくビジネスパートナー選定の段階で、その問題の本質を肌感覚的に理解できる人材のいるエージェンシーを探すでしょう。もしプロジェクトチーム全員が生粋のニューヨーカーのみで構成されていたとすると、インドで生まれ育った人の持つ感覚からはかけ離れた、全く異なった価値観で問題やプロジェクトを認識するでしょう。このようなズレを防ぐためにも、宗教、人種、文化、その他どんな問題であろうと、エージェンシーはクライアントの抱える問題に、本当の理解を示せるよう多様な人材で構成されたチームを用意する必要があるのです。こうすることではじめて問題やプロジェクトの真意を理解したプロジェクトの運営ができます。

つまり「本物であること」が重要です。本物である方法は決して一つではありません。発するメッセージを熟考し、多様な人とのディスカッションを繰り返すことで新たな価値が見出され、アイディアが発見されていき、企業の「本物らしさ」につながっていくのです。

また、今日のオーディエンスも「本物であること」に敏感です。大量の情報を日常的に取り込むZ世代は特にそうです。YouTubeであれTikTokであれテレビCMであれ、昨今のオーディエンスは何が本物で何が偽物かをすぐに嗅ぎ分けてしまいます。この企業は単に商品を売り込みたいだけなのか、それともしっかりとしたパーパスやメッセージ性を持って商品を売り出しているのか。こういったことを気にしながら観察している人は多くいます。

何か今後のマーケティングの変化を予感させるような学びはありましたか?

近年、世界中の企業やクリエイティブエージェンシーが「本物であること」について真剣に考えるようになってきました。カンヌライオンズとそこに参加する審査員たちもそれを受け入れ、尊重しています。この「本物であること」こそが、現代のクリエイティビティに求められているものなのです。先ほど述べたとおり、このことはオーディエンスをはじめとした外周の人々にも当てはまります。私は、いち日本人として、日本の企業は果たしてどこまで本当にオーディエンスと向き合い、ちゃんとしたコミュニケーションをとろうとしているのだろうかと、考える時があります。日本にいる人の中にも、海外で数多く展開される魅力的なプロジェクトと国内発のプロジェクトの落差に首を傾げた方もいるかもしれません。これを踏まえて、私は友人や仕事仲間に問いたいのです。「これから先、我々はどこに向かうべきなのか」と。日本企業の多くは既にこの問題を認識してはいるものの、未だ有効な解決策を見出せずにいるように感じられます。

カンヌライオンズに初めて参加する人に向けたアドバイスなどはありますか?

そうですね、やっぱり「ドレスコードはあまり気にしなくても大丈夫」ということは伝えたいです。あと「仕事で来ているからカンヌから出られない」という方には悪いですが、カンヌ周辺の観光地にもぜひ足を運んで頂きたいです。せっかく南フランスを満喫するチャンスなのですから、カンヌに閉じこもっていてはもったいないです。余裕があるなら予定を一日、二日ほど延長して、南フランスのリアルなクリエイティビティに触れて頂きたいです。カンヌ周辺はある意味クリエイティビティの聖地のようなものなので、これに触れることでより一層カンヌライオンズを楽しめるようになるのではないでしょうか。

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