疑似体験:外国人の雇用

話し手
金巻未来
聞き手
児玉太郎
編集
金巻未来
協力
Nelson Lin

海外に住んでいる外国人を雇用する。日本に呼び寄せて、一緒に仕事をする。言うは易し、行うは難し。アンカースターで外国人の雇用を担当している金巻未来(かねまき みく)に、ビザの申請から、実際に日本に引っ越してきて、就労するまでのプロセスについて聞きました。

Q1. 新たに外国人を雇用することになったそうですね。経緯をおしえてください。

私が長い間、ニューヨークからオンラインで英語を教わっていた、中国系アメリカ人(パスポートは米国)の先生がいます。ネルソンといいます。ネルソンはとても素晴らしい先生なので、自信を持って同僚や友達に紹介しました。私の周りはネルソンの授業を受けている人だらけになりました。

ある日、児玉(アンカースター代表)にもネルソンを紹介したところ、「そんなに素敵な先生なら、日本に来てもらって一緒に教育事業を立ち上げたら?」と思いもよらない一言が。ネルソンを日本に呼ぶなんて、想像したこともありませんでした。とてもワクワクした私は、実現に向けてすぐに動き出しました。

Q2. 外国人を雇用するには、なにから始めればよいのですか?

まず、どのような雇用形態、雇用条件で採用するか、社内はもちろん、本人としっかり話し合いながら決めていく必要があります。日本での雇用形態には、無期雇用(正社員)、有期雇用(契約社員)などがありますし、条件も様々です。ここは、日本人を雇用するのと何ら変わりありません。

外国人を雇用するといっても、雇用する側も、雇用される側も、日本人と全く同じように、各種労働法が適応されます。海外の法律とは大きく異なる部分もありますので、丁寧に、ちゃんと説明する必要もあります。

雇用形態、雇用条件が、会社と本人の間で決まったら、ビザの申請準備にとりかかります。外国人が日本で働くためには、ビザの取得が必要です。

Q3. ビザとはなんですか?

ビザとは、行き先の国が「この人の入国・滞在・在留(とどまって住むこと)を許可します」ということを、審査した上で証明する、許可証のことです。基本的に外国人は、どの国に入るためにも、滞在するためにも、その国が発行したビザが必要です。

ただし、短期滞在の場合は、ビザを免除してくれる制度が用意されている場合もあります。※1 例えば、アメリカに入国する際、入国審査官に入国する目的(観光とか、ビジネスとか)と滞在期間を伝えますよね。あれは実は、「ビザ免除プログラム」の手続きを行っているんです。パスポートに押されているスタンプを見ると、WT(短期滞在の観光目的)とか、WB(短期滞在のビジネス目的)と書いてあります。何度もアメリカに行ったことはありましたが、最近色々調べていて、はじめて知りました。

Q4. ビザとパスポートは違うんですか?

パスポートは、自分の国に発行してもらう、世界共通で使える「身分証明書」です。行き先の国に入国・滞在を許可してもらうビザとは違います。パスポートを持っていれば、どの国にも入国できる、というわけではありません。

Q5. 外国(日本)で働くためには、必ずビザが必要なんですか?

はい。外国人が日本に滞在し、就労するには、日本政府が発行する「就労ビザ」が必要です。就労ビザを取得するためには、日本における就労先(働く先)の企業が、就労ビザ発行のための申請手続きを行う必要があります。逆に、就労先が決まっていないと、就労ビザを申請することができないので、日本に入国・在留することができません。

Q6. 日本で就労ビザをもっている外国人はたくさんいますか?

今回のプロセスを通じて、日本は国として、外国人が日本で働く機会を創出するということに対して、決して消極的なわけではないと感じました。外国人を採用するプロセスを通じて、関係省庁は常に協力的です。
ネルソンは、英語だけでなく中国語も話せるのですが、日本のコンビニで、中国語を話す店員さんと、多言語会話を楽しんでいるそうです。それを聞くと、日本も少しずつ変わってきたなと感じます。

Q7. 日本の就労ビザを取得するのは大変ですか?

大変ではない、というと嘘になります。ステップも多いですし、たくさんの作業が発生します。集めなければならない書類もありますし、調査が必要になる部分もあります。後で詳しくお話すると思いますが、ミスが許されない申請書類の記入作業や、書類を行政に提出してもらう作業については、手続きのプロである行政書士さんのお力をお借りしました。

Q8. 就労ビザを取得するためのプロセスについて教えて下さい。

まず、ネルソンの就労先となる、アンカースター株式会社が、出入国在留管理庁(法務省管轄の行政機関のひとつ)に対して、就労ビザ発行の申請をします。その際に、アンカースターが様々な書類(会社の事業説明書、ネルソンの雇用条件通知書、ネルソンの履歴書など)を集めて提出します。
必要な書類に不備がなく申請が受理されると、審査が行われ、承認されると「在留資格認定証明書」がネルソンに対して発行されます。

そして、ネルソンはその「在留資格認定証明書」を、ニューヨークにある日本大使館に持っていくと、そこで初めてビザが発行されます。具体的には、ネルソンのパスポートに「VISA」と書かれた日本政府発行のシールが貼られます。これでビザの取得が完了します。

この一連のプロセスに3ヶ月程度かかりました。

Q9. 就労先の会社も審査されるのですか?

そうですね、ビザを取得する本人がどのような人物かはもちろん審査されますが、採用する会社側も審査されます。どんな事業を行っているか、どのような職務内容で採用するのか、細かく説明された資料を用意する必要がありました。事業計画書や、決算書までは出さなくても大丈夫でした。

Q10. 雇用形態や、保険や税金については、日本人を採用する場合と違いますか?

基本的には、日本人の採用でも、外国人の採用でも変わりません。
雇用形態については、正社員(雇用期間の定めのない)でも、契約社員(雇用期間の定めがある)でも、業務委託契約(雇用契約ではなく、特定の業務を委託する契約)でも、就労ビザの申請をすることができます。

就労ビザが発行されて、日本で働く許可が得られた場合、社会保険(医療保険、年金保険、介護保険、雇用保険、労災保険)や税金(所得税と住民税)は日本人と同等に収納します。
ですから、日本人と全く同じように健康保険証も手に入ります。病院で保険診療も受けられます。また、ずっと日本にいるとは限らないのに、なぜか年金にも加入する必要があり、本当に日本人と同じ扱いになります。

ちなみに、収めた年金は、日本の在留が終了したあとに申請して返金してもらいます。少し面倒ですが、加入が義務付けられているそうです。

Q11. 書類を全部揃えたりするのはとても大変そうです。行政書士さんにお願いするのが無難でしょうか?

書類の用意・記入は、専門知識が無くてもネットで調べたり、行政機関に問い合わせしたりしながら、自分で作成することも可能です。しかし、本当に膨大な作業が発生するので、ビザ申請に特化した行政書士事務所に作成を依頼することをおすすめします。

今回、私も書類を揃える作業を行政書士さんにお願いして、手伝っていただきました。4年前に一度すべて自分でやったことがありますが、素人がチャレンジするには、なかなか大変だったのを覚えています。

Q12. ビザ申請に特化した行政書士事務所とは?

「ビザ 行政書士」とネットで検索すると出てきます。必要に応じて、就労者と直接、英語のやりとりまで代行してくれる事務所もあれば、書類の記入だけを代行する事務所もあり、サービスの幅は様々です。サービス内容によって、費用も変わってきます。

Q13. 行政書士さんに支払う費用はいくらですか?

就労ビザが無事発行できた場合のみ報酬を支払う「成功報酬型」か、就労ビザ発行の有無に関わらず申請作業に対して報酬を支払う「業務委託型」かによって、金額が変わってきます。前者のほうが高い印象です。今回、ネルソンに関しては、問題なく就労ビザが発行される前提で進めていたので、業務委託型でお願いしました。何社かに見積もりをお願いして、相場は1人につき10〜20万円の間でした。

Q14. いざ申請してみて、結果はどうでしたか?

ネルソンは無事に就労ビザを取得することができました。数年間は日本に在留し、働くことができることになりました。今回、比較的順調に作業をすすめることができましたが、審査を待つ時間などを含めると、3ヶ月はかかったと思います。

Q15. 3ヶ月は普通ですか?どのくらいの期間をみておけばよいでしょうか?

結果を待っている期間が長かったです。1ヶ月間、音沙汰がなくて、不安になったりしました。申請の作業自体は、かなりスムーズに進んだと思います。待つ期間の長さは、申請する時期やタイミングによっても全然違ってくるそうで、一概に〇ヶ月で必ずビザが取得できるという保証はないようです。

Q16. 就労ビザが取得できたら、もう来日していいのですか?

はい。パスポートに有効な就労ビザのシールがあれば、日本に入国できます。
ネルソンと相談して来日スケジュールを立てて、社内で相談して初出社日も決めました。会社としてのToDoはこれで終わりです。
当事者のネルソンは大変です。来日前は、ニューヨークでの退去手続き、米国で行わなければならない各種申請、日本に送る荷物の手配など。来日後は、印鑑の作成、銀行口座の開設、携帯電話の契約、住民登録などなど、やること満載でした。

すっかり会社にも馴染んでいる様子のネルソン氏

Q17. 来日後、苦労したことや意外なことはありましたか?

ネルソンの実印・印鑑証明がなくて、手続きが滞ってしまいました。日本に来たら、最初にすべきことは、印鑑を作ることでしたね。あと、銀行口座を開設するのが意外と大変でした。色々調べて、スムーズに口座が開設できたのは、ゆうちょ銀行でした。口座開設ができても、キャッシュカードが届くのにも時間がかかります。それまでは、現金を持ち歩いて生活する必要がありました。

Q18. コロナによって入国は大変でしたか?外国人の対応はどうしたんですか?

実はネルソンが来日してすぐに体調を崩し、検査の結果、コロナ陽性でした。それもあって、銀行口座の開設や、携帯電話の契約などが遅れたりしました。

外国人がコロナ陽性になってしまった場合、英語対応が可能な保健所は限られています。
保健所に報告すると、自宅療養用にたくさんの支援物資が届いたそうです。日本のおもてなしにびっくりしていました。私もびっくりしました。

保健所からネルソンの自宅に届いた自宅療養のための食事セット

Q19. ネルソンさんは日本に住むのは初めてですか?

何度か旅行で遊びに来たことはあったのですが、住むのは初めてです。日本語の勉強もはじめたばかりで、まだ少ししか話すことができません。ただ、アニメや漫画など、日本のコンテンツが大好きで、私のような日本人の生徒もたくさん教えていたので、日本に対する興味はそもそも旺盛でした。日本にきて3ヶ月しか経っていませんが、すでにかなり馴染んでいます。

Q20. ネルソンさんが日本で苦労していることはありますか?

ネルソンはまだ日本語の勉強をはじめたばかりで、身振り手振りでしかコミュニケーションが取れない中で、「初体験はすべて大変だ」と言っています。宅急便をはじめて受け取る、コンビニではじめて袋が必要かどうか聞かれる、はじめてジムに行く。でも、2回目は大丈夫だそうです。あとは、手書きで住所を書く機会が多くて大変だそうです。

Q21. 今回のビザ申請プロセスを振り返ってみて、いかがでしたか?

振り返ってみたのですが、そこまで大変な作業だったとは思いません。誰でも、どの会社でも、就労ビザを申請することはできると思います。行政機関も電話でしっかりとサポートしてくれますし、行政書士さんの助けもあれば、よりスムーズに進められるはずです。

Q22. 今回の一番大きな学びはなんでしたか?

世の中には様々な仕組みがあって、それをちゃんと理解すると、面白い気付きがたくさんあるということです。
最近、地政学というか、世界の仕組みに興味があるのですが、今回のように、ビザの申請を行うだけでも、日本という国がどのような外国人人材を求めていて、どのような専門知識を日本で活かしてほしいのかが伝わってきます。国の意思というか、日本が各国とどのように付き合って行きたいのか、が、就労ビザの発行にそのまま表れているなと感じました。
逆に、ビザの発行だけで、日本に入国できる人、できない人、滞在して良い期間などが巧みにコントロールされていて、人材の流動性を管理するシステムのパワーを知りました。

Q23. 冒頭で一緒に教育事業を始める話をしましたが、進みましたか?

今回、ネルソンと一緒に、法人向けビジネス英語の教育事業を立ち上げました。9月から本格的にサービスを開始します。ありがたいことに、早速、何社かお客様が決まり、今は必死に提供するサービスの中身を詰めています。そのうち「anchorstar.com」でもご紹介します。

Q24. これからの意気込みをきかせてください。

頑張るゾ!(ネルソンが最近覚えたばかりの日本語でそのように言っております)

先日、国立競技場のナイトツアーに参加し、スタートラインに立ったネルソン(左)と金巻(右)

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